5分で読める「僕のおそだてストーリー」
ここでは遅めに始まった僕の「おそだて」について振り返ってみます。
子育てが厳しくも楽しいのはなんでだろう?
この文章をまとめながら程度の差はあれ似た状況の方はたくさんいるのではないかなと思いました。特に社会経験が豊富な「おそだて」世代の皆さま。
これまでしてきた経験を子育てに活かしうまくこなせるのではないかと考え壁にぶつかり跳ね返される経験をされる方々です。
僕なりに出した結論は、経験が足りないというよりもルールが異なっていて、これまでしてきた経験よりも子育ての難易度が高いということです。
予定調和も空気を読むこともない子どもとの触れ合いで得られる経験は考えているよりも難易度が高く、この経験がむしろ社会で活かせるものだと思います。
従って会社や社会で得られる経験値<子育てで得られる経験値なんじゃないか仮説を立てています。
一日三時間の残業をするよりも同じ時間を子どもと過ごす方が問題を解決する能力が上がっていき、ひいては仕事もうまくいくようになるんじゃないかと。この点が数値化されていれば面白いのですが。
『僕はスライムだ』
40歳になり、子どもを授かった私が子育てを始めて最初に感じたことです。
年相応の人生経験はあるので、来るべき子育ての準備を全くしていなかったわけではありません。ネットはあるし、すでに子育てをしている友達や同僚も周りにたくさんいたので情報はたくさん頭に入っていました。
どちらかと言えば器用な方だし、仕事やプライベートで色々なことを経験していた自信もあり、子育ても何とかなるだろうと漠然と考えていたのです。
しかし…甘かった。弱いのです。お約束も忖度も我関せず自由に生きる子どもに対して、僕の経験や知識などほとんど役に立たなかったのです。僕はまるでスライムのように無力でした。愚か者です。
自分は力が足りない。その現実を認めることが僕の「子育て」の始まりでした。
『僕は勘違い野郎だ』
実力が足りていない現実を受けれた僕は、余分なことを考えず目の前の子どもの対応に集中することにしました。
自分なりには一生懸命やっていたつもりですし、時には上手くできていたと考えていました。
でもそれはウチの女将から見たら微妙だったのだと思います。「そこじゃないんだけど」と言いますか。結局気持ちに力が追い付かない僕は空回りの勘違い野郎でしかありませんでした。
『僕は寅さんだった』
そんな空回りを続けているある日、女将が僕に言いました。
「もっと俯瞰的な目線で子育てに携わってほしい」と。
女将から見て、僕の強いところは俯瞰的に物事を観れるところということでした。日々最前線で子どもと接していて近視的になってしまう自分に代わって、子どもの長期的な成長を考えた子育てをしてほしいと。
それはある意味でダメ出しだったのかもしれません。でも「僕にもできることがある」とおだてられ、その気にさせてもらいました。まるで寅さんのように。そこから僕の「子育て」に対する気持ちが固まったのです。
『僕はおじさんだった』
こども園に通うようになり、周りの父母さんと接する機会が増えました。
そこで自分は結構歳がいっているという事実に気が付きました。
二人目・三人目の父母さんはともかく、クラスメイトの父母さんは大体若く、しかも結構歳の差があるのです。子育ての情報源から世間話のネタ、服のチョイスまで結構な違いがあり、何よりも行事で一緒に活動する時のエネルギーは驚くほどの差でした。
そしてこれは後々気が付くのですが、祖父母の年代も結構違っていました。
方や介護や終活を考えている一方で、現役バリバリで働いている祖父母もいます。同じ子育てをしているのに、置かれている環境に大きな違いがあると感じたのです。
「子育て」において年代からくる環境の違いは無視できない要素ではないか?
「遅めの子育て=おそだて」。僕がしたいことが見えました。
『僕はおそだてをする』
忘れてはいけない事実として寿命があります。
おそだて世代の方は確率的に子どもと過ごせる時間が短くなります。これは仕方のないことです。一生懸命働き、日々を過ごした結果としてお金や人脈は残すことができるかもしれません。しかし自分の頭の中身は意識しなければ残すことはできません。
親はなくとも子は育つという通り、それを必要としないかもしれません。それはそれでいいのです。同じ必要とされないのでもあるのとないのでは違いがあります。
これは親の一方的なエゴなのですが、私は残したいと考えました。宿命的に一緒にいられる時間が短いので。
現在、小学生とこども園に通う二人の子育ては新しいことの発見の毎日です。大変なこともありますが、それ以上に楽しいことが多くあります。
そしてなんとなくですが「社会で得てきた経験を子育てに活かす」のではなく、「子育てで得られる経験が社会で活かせる」実感も持てました。
僕は「おそだて」を通して子ども、女将も自分も幸せになろうと思います。
簡単なことではありません。答えが出るのはずっと先になるかもしれませんし、出ないのかもしれません。
だからプロセスを大事にし、楽しんでいきたいと思います。
かつお
(END) Thanks for reading!







