「スラムダンクで遺言」#1
おそだてアーカイブスの新シリーズ。
漫画「スラムダンク」を利用して子どもに残したい言葉をまとめていく、題して「スラムダンクで遺言(ゆいごん)」。
このシリーズを読むことで子どもに伝わっているのかどうか確信が持ち切れなかったあなたの言葉が、いつか伝わるという確信をもてます。大切なことが伝わると考えられれば、あなたはよりポジティブな気持ちになることができるでしょう。日々を明るく楽しく暮らしていきたい方にはおススメです。
将来の子どもの悩み事に自分なりの答えを残しておきたい
40歳で最初の子どもを授かったボクにとって、子どもが独り立ちするまで見守れるかどうかは重要な問題です。病気や事故のリスクを考えると満足に見守れる確率は5割強といったところでしょうか?あまり考えたくありませんが現実です。もしも自分が急に倒れてしまったら?金銭や人脈は形として残すことができまるでしょう。でも自分の頭の中身だけは残すことはできません。
そこで、将来子どもが相談してくるかもしれない悩み事に対して自分なりの答えを残しておきたいと考えるに至りました。それがこのシリーズを始める目的です。
魚を与えたいのではなく、魚の釣り方を教えたい
ボクは30年ほどアメリカの大学バスケットを研究してきました。
研究と言ってもプレーではなく、リーダーシップやコーチング、組織と個人などいわゆる人文科学の対象として。
なぜプロでないのか?大学スポーツは技術以外の要素が勝敗に関係する点でプロ以上に総合的な人間力が問われます。そこから学べることはとても多くあったのです。
またボクは25年間ビジネスに関わってきました。大きな組織も小さな組織も経験しています。アメリカのテロもリーマンショックも何とか乗り越え、今はコロナと対峙しています。日本全国、海外も22か国で200回ほど見てきました。
その経験を通して大学バスケットがコート外の人生とあまりに共通点が多いことに気が付きました。
このシリーズではそんな自分の言葉で書いていきます。
ありきたりな表現ですがボクは子どもたちに魚を与えたいのではなく、魚の釣り方を教えたいのです。それも釣り堀ではなく荒れた大海を渡ってきた自分のフィルターを通して。
バスケット漫画ではなくある種の哲学書
「スラムダンク」を切り口としたのはより多くの人の目に触れてほしいと望むからです。
プレー経験や年齢性別に関わらず同じ土台で話が通じる「スラムダンク」はまるで言語のようです。バスケット漫画ではなくもっと広い裾野を持った、ある種の哲学書的なポジションと言いますか。このフォーマットに乗らせていただくことでボクの思いがより多くの方に伝わりやすいのではないかと思ったのです。
もちろん「スラムダンク」が無くならないことも大きな理由です。きっと今の子どもたちが成長した頃にもジブリや手塚作品のように変わらず愛されていることでしょう。
ボクのスラングを広く認知された言語に変換してくれるのが「スラムダンク」だったのです。
「山王戦で背中を痛めた後の桜木を試合に出すべきか否か」?
自分の子どもに残すためと言いながらより多くの方々に伝えたいと考えるのは一見矛盾しています。ボクは単なる子そだてをする親です。意見の異なる方もいらっしゃるでしょう。
それでいいのです。このシリーズがより多くの方々に届き、ご意見を頂けたらとてもうれしく思います。なぜなら世の中にはいろいろな考えがあり、一つの結論を出せるほど単純なものではないと考えているからです。「山王戦で背中を痛めた後の桜木を試合に出すべきか否か」?これだけでも結論は出ないでしょう。
恐らく同じような年代、環境の方もたくさんいらっしゃると思います。
ボクの子どもの先輩・後輩となる若い方も純粋に「スラムダンク」を愛する方たちも。
そんな皆さまと共通の言語で関わっていくことができたらそれは最高の喜びです。
まずはイントロダクションということで、引き続きお付き合いいただけたら幸いです。
2021年7月8日







